2012年04月01日
 ■  町長あいさつ

 皆さんは、外灯が明るくなっていることにお気づきでしょうか。国のグリーンニューディール基金事業を活用し、上島町の負担ゼロで、町内全域LED機器に交換しました。LEDは今までの機器より電気代も安く数倍長持ちするので、大きな節約につながります。
 もう一点、私の顔が少しすっきりしたことにもお気づきでしょうか。いきな島一周マラソンに参加する為、2月からほぼ毎日走っています。東京出張中も皇居を走りました。一番短い距離ですが、私は長距離が得意ではない上に、体重オーバーなので、歩いている人に抜かれそうなくらいのスピードしか出ません。しかし、食事制限の効果もあってか、この1ヶ月で5㌔減量できました。顎の回りのぜい肉も、無くなってきたような気がします。
 また週末の昼間には自転車の練習もしています。これは中村知事が世界最大の自転車メーカーである台湾「ジャイアント社」の劉会長をお招きし、広島・愛媛両県知事や尾道・今治市長等が劉会長と共に、しまなみ海道80㎞を走破する行事に私も参加する為です。劉会長は現在七十八歳でありながら、超人のような体力を誇り、自転車で走破した者しか会議に参加させない程、自転車を愛する人です。参加者と並走する為に事前訓練をしているので、他のサイクリスト同様、私を島で見かけたら、どうか声をかけて下さい。

上島町長 上村俊之

《広報かみじま4月号「こんにちは町長です」より

2012年03月01日
 ■  町長あいさつ

 皆さんは、上島町が簡易緊急通報装置
「シルバーホン あんしん」を扱っていることを御存じでしょうか。独居高齢者等が困った時に、緊急通報用に使う機器です。
 電話では番号を押し間違える可能性もありますが、この装置はスイッチ一つで指定の電話に繋がります。私の父も八十四歳であり、最近この装置のお世話になっています。スイッチを押すと私の家にかかり、妻の携帯電話に転送されます。つまり、どこにいても通報が携帯電話に入ってきます。
 私が小学生の頃は、一人で暮らすお婆さんの家まで、姉と二人で夜泊りに行ったものです。真っ暗闇の中、懐中電灯一つでお墓の横を通っての道中は、大変怖かった思い出があります。今も父の家まで妻と泊りに通っていますが、上島町での独居高齢者への対応の重要さを改めて感じています。できる限りは家族で面倒を看、時には近所にもお願いをする。それでも手が回らない場合には役場をはじめとする公共機関に支援を仰ぐことも必要です。
 厚生労働省は平成二十四年度からホームヘルパーなどが高齢者の家を定期的に訪問する「二十四時間地域巡回サービス」を策定していますので、お困りの時は上島町の「見守り事業」も含めた様々な制度を活用し相談もして下さい。健康推進課が担当しています。

上島町長 上村俊之

《広報かみじま3月号「こんにちは町長です」より》

2012年01月31日
 ■  町長あいさつ

 正月の二日、剣道会の練習に出席致しました。私は剣道や少林寺拳法を学生時代に学んでおり、その関係で帰郷して以来約十五年間弓削剣道スポーツ少年団の指導をさせていただきました。その教え子も最高齢で四十代となり、中には七段を持つ者も複数います。昨年、三十代で七段を取得するなど、私より遥かに上を行く者も多く、彼らの剣道人生の一時期を指導させてもらった者として、大変嬉しく感じています。
 格闘技好きの私としては、剣道こそ武道の最高位に位置すると考えており、社会人になっても一つの武道を継続している彼らが、羨ましくて仕方ありません。
 剣道の道具である「垂れ」には所属名が書かれており、「弓削商船」「新居浜高専」「愛媛」「広島」「弓削」などと共に、「Panasonic」という珍しい英語名もありました。
 彼らは、学生、学校の先生、民間の社会人として各地で練習を重ねており、高校体育連盟の責任者、あるいは外国であるタイでの指導者としても活躍しています。練習での動きは洗練され無駄がなく、「青は藍より出でて藍より青し」という言葉があるように、私を遥かに凌駕する彼らが、今の私の誇りです。
私も、今年夏までに余裕があれば、再び竹刀を握ってみたいと思っています。

上島町長 上村俊之

《広報かみじま2月号「こんにちは町長です」より》

2012年01月05日
 ■  町長あいさつ

 昨年の十二月四日から七日にかけて、念願の長崎県の離島、宇久町と小値賀町に行ってきました。午後十一時半、博多発のフェリーで船中泊、早朝の四時十分に宇久島に着き、迎えてくれた観光協会の猪鼻さんの案内により、一時休憩の後、町づくりの説明を平山観光協会会長から受けました。人口が十一人の寺島にも渡り川口区長さんからも離島の窮状を聞かせていただき、佐世保市という大きな町と合併した小さな島への配慮の重要性を改めて感じました。夕食は会長宅に招かれ、捕鯨の伝統からの鯨肉や手作りの料理で歓待を受けましたが、何よりも感動したのは宇久島の祝唄を私の名前を入れるなどして、太鼓に合わせ皆さんが唄ってくれたことです。
 小値賀町の西町長や総務課中野さんにも大変お世話になり、古民家の活用や交流の仕掛けなど、上島町の今後の政策に大変参考になることを教えていただきました。船に乗る直前に受け取った袋には、中野さんから島に来てくれた事への自筆のお礼の手紙がありました。
 帰りの船は再度宇久島に寄るルートでしたが、そこには観光協会や役場の方々が横断幕やテープを持ってわざわざ見送りに来てくれていました。いくつかの面においては、上島町の方が進んでいましたが、おもてなしの面では学ぶことばかりでした。感謝。

上島町長 上村俊之

《広報かみじま1月号「こんにちは町長です」より》

2011年12月01日
 ■  町長あいさつ

お年寄りから子ども達までが楽しみにしていた上島町の秋祭りも、一ヶ月の賑やかな宴のお開きとともに今季の幕を降ろしました。神輿やだんじりを担ぎ、奴や引きだんじり、獅子舞などの運営で体のあちこちが痛くなり睡眠不足も重なって、翌日からの仕事にも差し支えるのに何で祭りに出かけたくなるのか、太鼓の音になぜ心が揺り動かされるのか、いつも不思議に感じていました。
 私の中の一つの答えとして、祭りは日本人の魂を繋いでおり、この時期にだけ遠い昔へタイムスリップすることができるから、ではないかと思っています。
 祭りは結婚で例えると、だんじりが派手に舞う披露宴だけではなく、結婚式である式典に重要な意味があります。また、それと同等にその日に至るまでの過程も大切なのではないでしょうか。今季も、上島町のほとんどの祭りに参加させていただきました。地域ごとに特色があり、正に上島町が誇る伝統文化を引き継いでいます。その役割を担っている指導者の皆さんは、祭り当日まで毎日子ども達への指導や準備を積み重ねてくれました。見事に披露が終わった後のあの涙は、全力で取り組んだ者にしか与えられない勲章です。
 先人と繋がる祭り。今後も「絆」を大切にして行きましょう。

上島町長 上村俊之

《広報かみじま12月号「こんにちは町長です」より》

2011年11月01日
 ■  町長あいさつ

九月二十八日、離島甲子園に出場した全国の中学生が寄せ書きをした色紙や横断幕を、気仙沼市唯一の離島である大島中学校野球部の皆さんに届けてまいりました。
 気仙沼市には、上島町から九月には高本室長、十月には山本係長が一ヶ月単位での人的支援として出向しており、大きな被害を受けた港湾の設計を担当しています。現地の災害復興担当の方々にもお話を聞かせて頂き、被災現場の視察も行いましたが、私が平成一六年の全国離島振興協議会総会時に訪れた時に比べ、あまりにも様変わりした光景に、現実感を失ってしまいました。
 しかし、大島中学校の校長先生から震災直後の子供たちの活躍のお話を聞かせて頂き、また、野球部員の元気な顔と対面することで、大島は必ずや再生復興することを実感いたしました。
 上島町で開催した離島甲子園会場において、町民の皆様や応援していただいた町外の方々から多くの義援金を賜り、大島中学校に野球道具を贈ることもできました。この場をお借りして改めて御礼を申し上げます。
 大島の海水浴場の松も枯れていましたが、今後は中学生と共に再生させるというお話も聞きました。被災地の新たな歴史に、これからも末長いご支援をよろしくお願い致します。

上島町長 上村俊之

《広報かみじま11月号「こんにちは町長です」より》

2011年10月01日
 ■  町長あいさつ

先日、えひめ防災フォーラムに参加しました。私は上島町の現況報告を行いましたが、講演の中に東北大震災に対する薄れかけた識についてのお話がありました。
 それは、「被災現場に行かなくても支援できることはある」ということでした。その方法とは、「被災地の産品を買う。」あるいは「現地の支援制度に参加する」ことなどです。
 被災直後や復旧対応において、町民の皆様には大きな御支援をいただきました。ただ、復興を目指して動き始めた現場を、私は以前のように関心を持ち続けているかと自問すると、堂々と答えられる自信がありません。
 「完全な防災対策は困難であるが、事前避難など減災を図ることはできる。」というお話もありました。上島町民への公助は全力で対応致します。しかし、災害の大きさにより行政が直ちに機能しない場合もありますので、食料の備蓄等、自助でやれる範囲の事柄は、自ら準備して下さい。
 復興に向けて動き始めた被災地には、長期間にわたる支援が必要です。離島甲子園に参加できなかった大島中学校の生徒も頑張っていますので、今後共よろしくお願い致します。

上島町長 上村俊之

《広報かみじま10月号「こんにちは町長です」より》

2011年09月02日
 ■  町長あいさつ

 上島町役場では、毎月課長会と幹部会を実施しています。
 八月は久しぶりに、今は住民票人口がゼロになった、私の妻の故郷でもある豊島で開催しました。
 当分上陸していなかった豊島は、先日の台風の影響で、山の頂上付近の桜の葉も茶色に変色しており、想像以上の潮の被害に驚いてしまいましたが、幸いにも「豊島コミュニティセンター」や「ヴィラ風の音」等には大きな被害もないようでした。町民の皆様も豊島に行かれたことのない方は、一度豊島の異なる自然を満喫されてはいかがでしょうか。
 先月は、公明党の離島振興対策本部や民主党の離島政策PTの国会議員、過疎地域自立活性化委員、国土交通省・総務省・農林水産省の方々まで、多くの人が上島町を来訪されました。迎えた私達は離島の問題点や提案事項を文書で示し、離島対策の重要性と国策による対応をお願いしました。可能な限り魚島の現状も視察していただき、住民の声も直接伝える場も整えました。現在、国境や外海離島ばかりが注目されている中で、今回は瀬戸内であっても海で隔たれている地域の不便さや、本土との格差の大きさを理解して頂けたものと考えています。私も改めて、上島町は二十五の島で成り立っていることを再認識いたしました。

上島町長 上村俊之

《広報かみじま9月号「こんにちは町長です」より》

2011年08月01日
 ■  町長あいさつ

子ども達が大好きな季節、「夏」がやってきました。
 今年も、「海開き」「こどもミニ島体験キャンプ」「出会いふれあい交流会」「かみじまふるさと夜市」「シーサイドフェスティバル」など、楽しいイベントが目白押しです。また本年は、離島中学生の夢を乗せた、正式名「国土交通大臣杯 全国離島交流中学生野球大会」、通称「離島甲子園」が上島町で開催され、北海道は礼文島から沖縄の久米島まで合計十九チームの参加があります。昨年は惜敗に涙する上島町の中学生に胸が熱くなりましたが、この夏は昨年より多くの笑顔と交流が花咲くことを願っています。
 甲子園といえば、俳句甲子園全国大会に弓削高校が二年連続出場決定という快挙を成し遂げました。愛媛から選ばれた他の五校は、正岡子規の母校でもある「東京大学」に、毎年何名も進学している学校ばかりであり、前回の優勝は開成高校であるように、レベルの高い大会への出場に正直驚かされました。これは、子ども達には限りない才能があるということ、そしてその才能は指導者によって開花するという証明ではないでしょうか。
 それぞれの、「甲子園」でのご活躍をお祈りします。

上島町長 上村俊之

《広報かみじま8月号「こんにちは町長です」より》

2011年07月01日
 ■  町長あいさつ

 五月二十二日に「フェスパ」グランドオープンを迎え、五月二十八日「海光園」、六月八日「岩城総合庁舎」竣工式と、課題であった施設がいよいよ稼働を始めました。町民の皆様から「おめでとうございます」と言われるのですが、これらは町民の皆様の為に造った施設であり、オーナーも町民の皆様なので、私の方が「おめでとうございます」と申し上げたい気持ちで一杯です。特に「海光園」は中学校跡地という立地条件の良い場所に建築できたので、今まで以上に様々な訪問者が増えてくれるものと期待しています。
 小田和正さんの歌の中に、「一番大切なことは特別な事ではなく、ありふれた日々の中で、君を今の気持ちのままで見つめていること」とあります。私も最近では、日常生活の中で何も変化がない日、普通の日こそが、より良い日ではないかと感じています。普通の日々の中で家族を見つめている自分が一番幸せだと思っています。
 今後も、健康であることに感謝し、海光園の皆さんとも今迄以上に交流できることを楽しみにしています。

上島町長 上村俊之

《広報かみじま7月号「こんにちは町長です」より》

2011年06月02日
 ■  町長あいさつ

五月一日から上島町内のガソリン代が十円から十五円安くなったことを御存知でしょうか。これは経済産業省資源エネルギー庁が離島ガソリン流通コストを支援する新規事業で、陸地部に比べて割高な離島のガソリン価格を引き下げた結果です。
 今回の政策は、民主党のプロジェクトチームなどが提言し、今までの活動が具体的に予算化された離島支援対策の一つです。離島からの要望については、全国の離島市町村で組織する、「全国離島振興協議会」から提出しており、長年の夢がまた一つ実現したことに対し、関係者の皆さんのご支援に心から感謝を申し上げます。
 この全国離島振興協議会の会長は佐渡市長で、私が副会長を務めさせていただいており、現在、平成二十五年に期限を迎える離島振興法改正に向けた審議も進めています。私も離島振興法改正検討会委員の一員として、離島航路補助や規制緩和など、離島格差是正や離島特区に向け、積極的に意見を述べさせていただいておりますので、皆様の変わらぬご支援をお願いします。

上島町長 上村俊之

《広報かみじま6月号「こんにちは町長です」より》

2011年05月02日
 ■  町長あいさつ

 四月七日に生名島で山火事が発生しました。生名地区はもとより、橋で繋がった弓削地区からも間髪をいれず消防団が駆けつけ、船を経由して岩城地区から、空からは愛媛・香川・広島から3機の防災ヘリコプターの支援をいただきました。残火対応のため消防団員が夜を徹して警戒にあたり、翌日早朝からの愛媛県消防防災ヘリコプターと消防団員による険しい斜面を駆け回りながらの地道な消火活動により、午後には鎮火となりました。
 ただ、懸命な消火活動中にも関わらず他の地区でも当日野焼きが何箇所も行われており、火事と見間違うような煙を上げていたのは、残念でなりませんでした。三年連続の山火事。今後は「野焼き」をやめていただくよう、町民の皆様にご協力をお願い致します。
 仕事中にも関わらず、消火にご尽力頂いた消防団員の皆様や炊き出し等での側面支援の婦人会の方々など、その責任感と崇高な「仁」の精神は上島町民の誇りです。他にも県職員、警察、中国電力、石油店、消防団員を送り出して頂いた会社の御理解等、御支援を頂きました関係者の皆様に重ねての御礼を申し上げます。

上島町長 上村俊之

《広報かみじま5月号「こんにちは町長です」より》

2011年04月01日
 ■  町長あいさつ

 東北地方太平洋沖地震での被害は、常識をはるかに超えるものであり、どのように今の気持ちを表現したら良いのかも分かりません。
 ただ、小さな町ではあるけれど、被害がなかった上島町が何をなすべきか、何ができるのかを真剣に考え、町民の皆様にもご協力のお願いを申し上げているところです。
 被災地に派遣している上島町消防署小林隊長の了解のもと、激務で悲惨な状況の中での、活動報告の一部を掲載させていただきます。
 『皆様お変わりはないでしょうか。(略)被災地の住民の方々は、我々を温かく迎えていただき、野営地での活動を支えていただきました。
 野営地から現場までの道中では、消防車両で隊列して走行中の我々に、足をたち止め、何度も頭を下げ続ける方、感謝の言葉をダンボールで掲げる方、手を振り応援してくれる子供達…疲れた隊員の心の支えとなりました。
 ただ今、後ろ髪を引かれる思いで現地を後にしています。私が言うまでもありませんが、どうか皆様も、被災された方々のお力になっていただけるようお願いいたします。』

上島町長 上村俊之

《広報かみじま4月号「こんにちは町長です」より》

2011年03月01日
 ■  町長あいさつ

 上島架橋生名橋が開通し、上島町民の大きな夢の一つが叶いました。昨年12月1日の中村知事就任挨拶の中に「坂の上に浮かぶ雲は夢であり、理想であり、目標です。それを見つけている人は、当然つかもうと坂道に一歩踏み出しますが、上り坂であり、辛くしんどく、苦しい時もあります。しかし、雲をつかむぞという気持ちさえあれば、辛さは生きがいに、しんどさはやりがいに、苦しさはつかんだ時の感動に変えることが絶対できる、これが「坂の上の雲」のメッセージでもありました。これから、愛媛県の課題に、皆さんと一緒に果敢にチャレンジしていくにあたり、その気持ちを持って前進していきたいと思います。」という言葉があり、上島町行政運営の指針もこうあるべきと考えています。
 上島町にとっての「坂の上の雲」とは次の岩城橋です。
仰ぎ見る青い天の中の一朶の白い雲のみを見つめて、ひたすら坂道を登り、白く輝く雲をつかむ気持ちを忘れない事が夢を実現する大きな力になります。今後とも岩城橋架橋のため、町民の皆様の各方面にわたるご協力をよろしくお願いたします。

上島町長 上村俊之

《広報かみじま3月号「こんにちは町長です」より》

2011年01月01日
 ■  町長あいさつ

 uoshima'x最高!
 秋の文化祭において、各地域で芸能等の発表会が開催され、各地の特色と高いレベルの内容に改めて上島町の豊かさを実感しました。
 その中でも魚島在住の行政職員や船員、ALTの先生や一般住民で編成されているバンドの演奏と歌は、私に勇気と元気と幸福感を与えてくれました。わずか二百数十名の住民の地に、明るく若い音楽チームが存在すること自体、奇跡のようにも感じています。魚島住民にとっても、一筋の光で導いてくれる自慢の存在ではないでしょうか。
 町民の皆様も、一度このバンドの生演奏を聴いてみて下さい。できたら魚島の現地で聴いていただければ、景観と共にその素晴らしさは倍増します。
 上島町には仕事以外で様々な活動をされている住民が多く、ボランティアの参加率も愛媛県内で毎年一位になっています。不便な町ではあるけれど、ここにはどこも真似のできない、本当の豊かさがあります。「なにもない場所だけれど、ここにしか咲かない花がある」という歌のように、これからも上島町にしかない花を、共に育てて行きましょう。

上島町長 上村俊之

 《広報かみじま1月号「こんにちは町長です」より》

2010年12月01日
 ■  町長あいさつ

 本年も上島町職員接客評価アンケートを実施させていただきました。これは前回のアンケート実施後、町民の皆様への対応が改善されているかを確認することが目的であり、あえて前回と同じ質問内容にさせていただきました。
 結果は、やや良い方向の内容もありますが、悪くなっている対応もあり、一層の意識改革が必要であることが分かりました。
 特に、私自身につきましても前回同様の「町長はこちらが挨拶しても返事がない」という御意見があり、自分では「・・しているつもり。思い込み」があったことを反省しています。自分の息子達にも「挨拶が一番」と日頃話しているにもかかわらず、町民の皆様に不快な思いをさせていたことにお詫び申し上げます。
 今後も、町民の皆様と共に、「海と緑と太陽と 笑顔があふれる上島町」のキャッチフレーズにふさわしい町づくりを目標に、今回頂いた指摘事項を分析した上で、職員全員で改善策を協議、研修に取り組むなど、事務能力プラスアルファーを伸ばしていきたいと考えています。アンケートへのご協力ありがとうございました。

上島町長 上村俊之

 《広報かみじま12月号「こんにちは町長です」より》

2010年11月01日
 ■  町長あいさつ

 本年も各地域、各学校で開催された秋の運動会が盛会のうちに終了し、その特色ある競技内容に見ている私の方がたくさんの元気をいただきました。
 その中でも、弓削高校の運動会は印象深いものがありました。開会式の国旗掲揚で国歌が流れると、背中から大きな声が聞こえてきました。入場行進で整列していた高校生全員の力強い国歌斉唱であり、その歌声は私の胸の奥まで響いてきました。
 国歌を否定する方々もいますが、国を愛し、故郷を愛することのどこがいけないのか。先人に想いを馳せ、親を尊敬することが良くないことなのか、私には理解できません。
 もちろん戦争は良くないことですが、それを愛国心と同様にとらえるのは、かえって将来の日本のためにマイナスになるのではないでしょうか。
 私達は国を誇りに思い、国歌を堂々と歌えるような、そんな日本にしたいものです。
 話は変わりますが、今度の知事選挙において「上島架橋推進」を公約としてくれている候補がいらっしゃいます。その政治家としての見識に、心からの感謝を申し上げたいと思います。

上島町長 上村俊之

 《広報かみじま11月号「こんにちは町長です」より》

2010年10月01日
 ■  町長あいさつ

今年も、離島中学生の夢を乗せた、正式名「国土交通大臣杯 全国離島交流中学生野球大会」、通称「離島甲子園」が、鹿児島県の種子島で開催されました。(来年は上島町で開催されます)
 私の参加は仕事の都合上、後半の2日間でしたが、開会式前日には、前原国土交通大臣が出席され中学生を励ましてくれました。
 試合の経過は、上島町HPにおいて即時に知ることができ、離島の不便さを感じることが少なくなってきています。(余談ですが、種子島に新聞が届くのは午後からだそうです)優勝候補に惜しくも最少得点で競り負けるなど、限りない可能性を秘めた中学生に、来年への期待が大きく膨らみました。私が観戦した試合の後に、監督さんから選手の前で挨拶をと言われましたが、涙する選手の姿に、しばらくは言葉が出てきませんでした。
 この離島甲子園は「マサカリ投法」で有名な、村田兆治さんが提唱した大会であり、プロの力、大人の力を見せるため、中学生に対しても全力でぶつかってくれています。
 私も、上島町の大人として、何事にも手を抜くことなく、楽な道を選ぶことなく、子供たちの目標となるような行動をとらなければならないと考えています。

上島町長 上村俊之

 《広報かみじま10月号「こんにちは町長です」より》

2010年09月01日
 ■  町長あいさつ

 夏休みが始まり、海開きを迎え、お盆が近づく時期にこの文章を書いています。私には社会人と学生の二人の息子がいますが、この季節、上島町に帰って来ることを楽しみにしています。
 町民の皆様にも、町外に出られているお子様や親戚の方が多くいらっしゃるのではないでしょうか。私が、大学を卒業してすぐに上島町に帰ってきた影響か、息子には都会での生活も望んでいたのですが、最近では本人が島に戻りたいと言えば、喜んで受け入れようと思っています。
 幸せには、一人一人に個性があるように、いろんな形があります。その中でも、子供と一緒に生活できることも大きな幸せの一つではないかと思います。近くで生活してみると小さな事まで見えるので、心労も多いかとおもいますが、その分喜びや幸福感も大きいのではないでしょうか。
 上島町には美しい景観、豊かな自然の恵み、伝統と歴史、そして何よりも個性豊かな人間力があります。一人でも多くの人達が、この上島町を訪れ、子供達が再び戻って来てくれるような幸福度の高い町になるよう、町民の皆様と共に汗を流したいと思っています。

 上島町長 上村俊之

 《広報かみじま9月号「こんにちは町長です」より》

2010年08月12日
 ■  町長あいさつ

8月は、夏休みやお盆で帰省されている皆さんが、久しぶりの「ふるさと」を満喫されている為か、上島町の人口は増加?しています。
その中でも、8月の第1土曜日に開催されている「ふるさと夜市」での花火は迫力満点で、夏の風物詩として定着してきたのではないでしょうか。
無心で美しい花火を見上げている町民の皆さんの横顔を見ていると、幸福感が伝わってくるようで、私の心も優しい気持ちで一杯になりました。

上島町は瀬戸内の自然景観と伝統を守りつつも、住民サービスの向上を目標に様々な施策を展開しています。特に今年度は「いきな橋」が繋がることもあり、ライフラインであるインフラ(施設整備)が充実致します。
いきな橋は、あと残すところ「1ブロック」、30メートル弱で連結します。油断をしているといつの間にか繋がっていた、ということにもなりそうなので(連結予定、9月初旬。)つながる直前の風景は今しかありません。
珍しい景色で、角度により趣が異なり、様々な場所から見ることができますので、連結前後の「いきな橋鑑賞」を皆様にお勧めします。

残暑厳しい折ですが、体調に気を付けられ、元気一杯、夏を楽しみましょう。

上島町長 上村俊之